<恋>
・・・何故だろう?最近の夢の中に、中学時代とても好きだった男の子がよく出てくる。
中学2年生の時、あたしは「龍太(りゅうた)」と同じクラスになった。中学1年生の時まで活発だったあたしだが、
クラス替えしたばかりの2年生の学期始めは暗かった。学期始めの最も大事な2週間なのに、あたしは学校を休んでいた。
所属していた児童合唱団で、海外に演奏旅行に出掛けていたのである。
その頃のあたしの「人付き合い」には、ひとつの妙な法則があって、「始めのうちに自分の居場所を確保しておく」。
でないと、シャイで、無口で、人見知りが激しい性格をしていたので、登校拒否気味になるのである。
(現在では誰も信じないのだが・・)。だからこの新学期のスタートは、あたしにとって、とても厳しかった。
2週間遅れで登校した学級でのあたしの席は、教卓前の最前列の席、そして壁の掲示物
「クラスの係・・『緑花係』の欄に・・さえない男子生徒の氏名とあたしの名前が連ねてあった。
緑花係の方は、まだ我慢できたが、休んでいた人間を教卓前の最前列の席にした「担任」と
「このクラス」に最悪の印象を持ってしまった。
「始めのうちに自分の居場所を確保しておく」・・今までの「人付き合いの法則」とは異なった出だしに、
あたしは嫌でも「すごくおとなしい人」プラス「反抗的」になっていた。
龍太は、目立つ存在の男の子だった。バスケットボール部で、スポーツ万能、成績は中位、長身でスラっとしていて、
かなりモテていたし、最初こそ「ケっ!」と思っていたあたしも、少しずつ気になりだした。
が、梅雨の時期になっても、あたしの「すごくおとなしい人」プラス「反抗的」は、そのまま持続されていた為に、
龍太とは、まだ一言も喋ってはいなかった。
厳密に言えば、話す機会は何度もあったが、あたしが、彼を意識しすぎるあまり、彼を避けていたのである。
そう、初めて言葉を交わしたのは、確か梅雨のシトシト雨音が聞こえる放課後の下駄箱辺り・・。
あたしが帰宅しようと靴を履き替えていた時、部活に向かう龍太が「俺のこと、さけてる?」と聞いてきた時だった。
あたしはその突然の彼の言葉に驚き、そしてたぶん頬を赤らめて、それでも少しツッパった感じで
「・・さけてなんかないよ」って言ったと思う。
それからは、テレながらも彼と話す機会が増えた。相変わらずこのクラスは嫌いだったけど、
龍太が居たから学校に通ったという節はある。
その後のあたしは、なんだかんだで2学期には、不要物みて見ぬフリの風紀委員になり、
運動会ではリレーの選手になり、クリスマス会では、「なごり雪」と「いちご白書をもう一度」を、
ピアノで弾き語りし、明けた年の年賀状に「龍太」の名前を見付け、
学校では龍太にちょっかい出されたり・・出したり・・の青春を送る。
その当時つけていた日記は「龍太・龍太・龍太」のオンパレードで、例えば、今日は何回話せたとか、
となりのクラスの松本さんと言う女の子と龍太が、やたら親しげに喋ってたから、
今日はワザとシラケタ態度をとったとか、龍太は、髪の長い女の子と短い女の子とどちらが好きなんだろうかとか、
たわいない内容ではあるが、モロに<恋する乙女>の自分勝手で、気儘な日記であった。
何年か前に、実家の押入れの奥から、母親の字で「みなこ思い出の箱」とマジックで書かれたダンボール箱を見付けた。
その中から、この恋する乙女がシタタメた「くまのプーさん」表紙の日記が、きちんと整理されてしまわれていたのを発見!
かなり高い確率で、母親にこの日記は見られているだろう。
(あたしの記憶によると、「こんな女の子」になって龍太と《両思い》になりたい!と、
セーラー服に長い髪《当時のあたしの髪は、かなり短く、龍太は、長い髪が好きと、あたしは勝手に決めていた》、
瞳には星キラリの少女漫画もどきを書いたページがある。)赤面モンだ!嗚呼!はずかしい!
(今度、実家に戻った際にその日記は持ち帰ってこよう)・・。
そして中学3年生・・ドキドキのクラス替え。
「3年6組」・・あたし6組だ・・。龍太は?龍太は?龍太は?
「まさか!」・・・・・・・その時「龍太」の名前が黄金色に輝いて見えた!
あたしの名前が書いてある同じ紙に龍太の名前がァ!・・同じクラスだ!
(後々考えると、この瞬間にあたしの人生の運の半分を使ってしまったのではなかろうか・・と首をひねることがある・・)。
あたしは、この新しいクラスとはウマが合って、次々に友達も出来た。
すこーし ←(ココ重要!)ツッパっていたあたしにとっては、丁度いい感じのクラスだった。
ツッパっているんだけど、運動会とか球技大会とかクラス対抗の催し物に関しては、モノスゴク燃える男子が多く、
あたしもわりと「そちら側」に居心地の良さを感じていた。龍太はその頃から少しずつクラスから孤立していくことになる。
凄いイキオイで、勉強を始めたのである。それでも修学旅行の京都・奈良でも、気が付けば龍太がなんとなく傍に居た。
龍太の飼っていたカメをもらいに、彼の家まで行ったりもした。
・・その頃は、まだまだ龍太しか見えなかった。 ・・・が・・・。
2学期に入ると龍太は益々勉強に力を入れてきた。クラスの間でも、彼は完全に浮いた形になった。
あたしとの距離も少し離れてしまう兆しが見えてきたその頃、あたしはあたしで体育委員会の副委員長かなんかで、
運動会・文化祭と学校中を駈けずり回っていた。
そんな中で、あたしを好きだと言ってくれた男の子と、ほんの少しの間だけ、付き合ってみたりもした。
・・龍太との距離がもっと離れた。 (注)その頃の「付き合う」といってもカワイイもので、一緒に学校から帰ったり、
バレー部だったその彼の試合を応援しに行ったり、サーティーワンのアイスクリームを一緒に食べたり、動物園に行ったり・・
そんな付き合いである。
結局、手も握らずにその恋愛は1月余りでピリオドをうつ。
やっぱりあたしは龍太が好きなのだ!と気付いた丁度その頃、思いがけない龍太の言葉があった。
あれは確か、家の庭先で採れた花を教室に、ちょこっと飾ろうと思い、
いつもより30分以上も早く学校に着いて誰も居ない教室で、その花を飾っていたら、なんとそこに龍太が現れたのである。
その時初めて知ったのだが、彼は、2学期になってから毎日、朝早く学校に来て勉強をしていたのだ。
「そんなら、解らない数学の問題、龍太に教えてもらおうっと!」と、久し振りに2人きりで話すのが嬉しかったあたしが、
学生カバンから数学の教科書を出そうとした瞬間、今し方飾った花を見ながら龍太は言った。
「内申書・・」。あたしは、彼が何を言っているのか、始めは全く理解が出来なかった。
が、花を飾るのも、体育委員副委員長も「受験の内申書」の為の、点数稼ぎでやっているみたいな事を言ったのである。
おまけに、手も繋がずにピリオドをうった男の子の話にまで発展し、
「ウカレテル」とまで言われたのを、あたしは黙って聞いていたが・・数十秒後、
気持ちが寂しさから怒りに変わったあたしは、数学の教科書をバン!と机に叩きつけて、龍太をバン!と押し退けて、
教室から出て行ったのだ。始業チャイムまでの音楽室で・・あたしは泣いた。
後から考えると、その頃が、彼の正念場だったのだ。
2学期の終わりには、某有名私立大学附属高校に、学校推薦で見事に彼は合格したのだ。
その事件から後の記憶が、残念ながらあたしにはない。
あたしも2学期の終わり頃から、ようやく受験勉強を本格的に始めて、運良く希望通りの都立高校に合格し、
気付いたら卒業まであと2週間ってところだった。その頃まで、龍太とあまり話さなかった気がする。
しかし、受験と戦っている間も、あたしは龍太が好きだった。
ヒドイコトを言われたけど、「好き」の気持ちの方が、大きかった。 ・・会話はなかったけど、ずっと好きだった。
クラスの皆が受験戦争を戦っている間、一足先に合格を決めていた龍太は、卒業アルバムと、卒業文集の制作に力を注いでいた。
3年6組の文集制作は、半分以上彼が手掛けていた。
そして卒業式の当日。とことんバタバタしていた。
あたしは龍太にいっぱい話したい事、伝えたい事があった。
まず、龍太からもらったカメが、2匹とも死んじゃった事、都立高校受験が終わったその日、龍太の家まで行って、
逢わずに帰ってきたんだけど、庭の梅の匂いに感動したこと、
あの日の龍太の言葉なんか、とっくに流しちゃっていた事、 ・・そして・・。
しかし、卒業式では、男子と女子は別々に座らされているし、あたしは龍太の後姿ばっかり見ていて・・卒業証書を受け取って、
「仰げば尊し」を歌って「校歌」を歌って・・あれよあれよと言う間に「卒業生退場!」になって、
ブラスバンド部の後輩達(あたしはブラスバンド部だったのだ)が、チャンチャカチャーンって「蛍の光」の演奏を始めて・・
体育館から校庭に先に出た龍太を探したら、女の子達に囲まれていて、あたしはまた「ムっ!」として、
卒業生と在校生と父兄と教師と・・千五百人近くの人間が校庭でひしめき合っていて、
あたしはあたしで色んな人達とバイバイをしていたら・・龍太を見失っちゃったんだ・・。
好きだと伝えられず、ボタンちょうだいとも言えず、あたしはただひたすら足早で帰った記憶がある。
帰って卒業文集を開く。「3年6組」・・。
あたしの文章「ある日ある時」のすぐ隣に龍太の文章「三年間を振り返って」があった。
『みんなの将来の夢』と題したページに、
あたしの「ロシア語の通訳さんになりたいよ!」の夢の文句とすぐ並んで龍太の夢の文句
「ウルトラけーび隊になって世界を守る」と記してあった。
その日の夕方、女友達と集まって、卒業パーティーを開いた。
2年間ずーっと「龍太への恋」の悩みを相談していた友達に頭をハタカレた。
その友人は言った。卒業式から帰る途中、龍太を見かけたが、龍太はちゃんと第2ボタンをつけていたと。
他のボタンが無かった為に、詰襟の学生服は、春風になびいてヒラヒラしていたと。
この恋には、続きがある。いつか再び書こうと思う。
でも何故・・今、夢で見るのか?もうずーっとずーっと逢っていない少年の夢を。
夢の中の彼は、15歳の時のままだ。